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東京高等裁判所 平成2年(行ケ)104号 判決

原告

太陽誘電株式会社

被告

テイーデイーケイ株式会社

主文

特許庁が昭和62年審判第21463号事件について平成2年2月22日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

主文同旨の判決

二  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決

第二請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

被告は、名称を「多連インダクタンス素子」とする実用新案登録第167264号考案(昭和55年11月28日出願、昭和60年8月3日出願公告、昭和62年3月20日設定登録、以下「本件考案」という。)の実用新案権者であるが、原告は、昭和62年12月7日本件考案について無効審判(以下「本件無効審判」という。)を請求し、昭和62年審判第21463号事件として係属したが、被告は、昭和63年8月3日訂正審判(昭和63年審判第14121号事件、以下「本件訂正審判」という。)を請求し、同年12月12日右訂正審判に対する請求公告(登録実用新案審判請求公告第266号)がされた。原告は、平成元年3月10日右訂正異議を申立てたが、平成2年1月18日本件考案の明細書の訂正(以下「本件訂正」という。)を認める審決がなされ、同年2月21日「異議成り立てず」との決定がなされ、次いで同月22日本件無効審判請求につき「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)がなされ、その謄本は同年4月18日原告に送達された。

二  本件考案の要旨

1  本件訂正前の要旨

フエライトブロツクに複数個の貫通孔を略一列状態で形成し、該各貫通孔にそれぞれ導線を挿通し、該各導線の両端部を前記フエライトブロツクの外側に露出させてなる多連インダクタンス素子。

2  本件訂正後の要旨

肉薄の厚みとこの厚みよりも大きな幅と長さを有するフエライトブロツクに対し、前記幅方向に貫通する複数個の貫通孔を前記長さ方向に沿つて一列状態に形成し、該各貫通孔にそれぞれ導線を挿通し、該各導線の両端部を前記フエライトブロツクの外側に露出させると共にこの露出端部を前記厚み方向に折曲げてなる多連インダクタンス素子。

三  本件審決の理由の要点

1  本件考案の要旨は、前項2記載のとおりである。

2  これに対し、請求人(原告)は、本件考案の登録は、本件考案が本件出願前米国内において頒布された米国特許第2940058号明細書(以下「第一引用例」という。)及び米国特許第353846号明細書(以下「第二引用例」という。)に記載された事項に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたものであつて、実用新案法第三条第二項の規定に該当するものであるから、同法第三七条第一項第一号の規定により無効とされるべきものである旨主張する。

ところで、第一引用例及び第二引用例には、“フエライトブロツクに対し、その厚み方向に貫通する複数個の貫通孔をその長さ方向に沿つて複数列状態に形成し、該各貫通孔にそれぞれ導線を挿通し、該各導線の両端部を前記フエライトブロツクの外側に露出させてなる多連インダクタンス素子”が記載されている。

そこで、本件考案と各引用例記載のものとを対比すると、引用例記載のものはいずれも本件考案の必須の構成要件である「肉薄の厚みと、この厚みよりも大きな幅と長さを有するフエライトブロツクに対し、前記幅方向に貫通する貫通孔を前記長さ方向に沿つて一列状態に形成し」(構成要件①)「(各導線の)露出端部を前記厚み方向に折曲げ」(構成要件②)を備えていない。そして、本件考案は、構成要件①により、訂正明細書記載の「インダクタンス値を大きなものとすることができるものでありながらコンパクトで占有面積を小さくできる」という効果を奏する一方で、その構成要件①における特に「一列状態に形成し」の構成と、構成要件②との関連で訂正明細書記載の「プリント基板への取付けが容易でかつ安定性があるので、多連インダクタンス素子のプリント基板への自動取付が可能となり」という効果をも奏するものと認められる。

したがつて、引用例記載のものが一部本件考案と一致するところがあつても、本件考案の構成に欠くことができない事項を備えていないものであるから、結局本件考案は引用例記載のものに基づいて容易に考案することができたものとすることはできない。

四  本件審決の取消事由

本件無効審判が請求された後に本件訂正審判が請求され、本件訂正審判請求が認容された結果、本件無効審判の対象は前記「二本件考案の要旨2」記載のものに変更された。しかるに、本件審決は、原告にその変更後の考案に対して何らの弁明の機会を与えずになされたものであり、実用新案法第四一条の準用する特許法第一五三条第二項の規定に違背してなされたものであり、その手続に重大な瑕疵がある。

すなわち、特許法第一五三条第二項の規定は、審判においては、当事者が申し立てない事項についても審理できるが(同条第一項)、その場合には必ずその審理の結果を当事者に通知し、相当の期間を指定して、意見を申し立てる機会を与えなければならないというものである。本件においては、原告に右のような意見を申し立てる機会が与えられていない。原告の提出した証拠方法及びそれに係る主張は、本件考案の構成要件①及び構成要件②を備えていない考案に対してなれたものであり、この構成要件①及び構成要件②は、本件訂正の結果出てきた構成要件であつて、原告の主張及び証拠方法では全く考慮していなかつた構成要件である。

しかるに、本件審決が右構成要件①及び構成要件②の差異から特有の効果を生じるとして、本件無効審判請求を棄却したのは、違法であり、本件審決に至る手続に重大な瑕疵がある。

第三請求の原因に対する被告の認否

請求の原因事実はすべて認める。

第四証拠関係

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

請求の原因記載の事実はすべて当事者間に争いがない。

右の事実によれば、本件無効審判が請求された後に本件訂正審判請求がなされ、これを認容する訂正審決がなされたものであるから、本件無効審判手続においては、本件訂正審判の審決により変更された後の対象についてあらためて本件無効審判請求人である原告に対し、無効事由を主張立証する機会を与えるべきであるのに、これを怠つた手続上の瑕疵があり、右瑕疵は審決に影響を及ぼすことが明らかである。

したがつて、本件審決は、審決に影響を及ぼすべき瑕疵を有する審判手続に基づいてなされたものであり、違法として取消しを免れない。

よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は正当としてこれを認容し、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条の各規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 岩田嘉彦)

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